01:この世界の終わりに (03:55)
02:Pretty Pink (03:41)
03:mission (04:10)
04:オー・エス! (04:09)
05:ワスレナグサ (05:00)
06:星降る夜に (03:50)
07:Swan Song (04:20)
08:ツ・ナ・ガ・リ・タ・イ (03:17)
09:ためしにキスをしよう (04:10)
10:グッバイ・クルエル・ワールド (04:48)
11:ロックミュージック (03:25)
99:Bonus track
00:Credit
01:この世界の終わりに
作詞・作曲 伊藤毅
この世界の終わりに ぼくら笑って抱きあって
他愛ない 思い出かき集めていた
どうしてぼくらはじめから こうしなかったんだろうって
最後の最後に気が付いたんだ
きみは何度も何度も昇りつめ 頂きへたどり着く
ぼくはあとから 追いつき沈んでく
どこにも辿りつかない
merry-go-round みたいに
儚く 刹那くて
この世界の終わりに ぼくら笑って抱きあって
他愛ない 思い出かき集めていた
この世界の終わりに 汗だくで夕日ながめて
つながらない 未来を確かめて 泣いた
永遠なんかないって なんて美しいことなんだろう
きみは目を閉じて眠ってるみたいだ
完璧じゃない君こそが
完璧な君だったよね
最初から 愛していた
この世界の終わりに ぼくはきみを抱きしめて
他愛ない 思い出かき集めていた
この世界の終わりに ひとりきり夕日ながめて
つながらない 未来をかき集めていた
02:Pretty Pink
作詞・作曲 伊藤毅
完璧だなんて 不自然なことさ
円熟だなんて しないまま進化
きみ史上最高のきみと ぼく史上最高のぼくは
気がつけばいつも 周回遅れ
ぼくのハガネのトーフ・メンタル
音楽はいつもここにある
今のぼくは あの日のぼくに
恥ずかしく見えてないかな?
いつまでも 踊り続ける 彼のように
いくつもの 夜をつらぬいて
歌い続ける 彼女のように
いくつもの 夜を引き裂いた
評価はまかせる 価値はゆずらぬ
エヴィデンスなんて わからないよ
挫折禁止の 標識の手前で
いつだってきみは 左折する
卑下するつもりなんてないが
誇れるものも 見当たらなくて
だめで元々 オルタナ・ポップ
そいつは なんでもありなのかい?
いつまでも 踊り続ける 彼のように
いくつもの 夜をつらぬいて
歌い続ける 彼女のように
いくつもの 夜を引き裂いた
何もかもがインチキに見えて
きみの名前をそっとつぶやく
ぼくに関係ないことなんて
どこにもありはしないから
いつまでも 踊り続ける 彼のように
いくつもの 夜をつらぬいて
歌い続ける 彼女のように
いくつもの 夜を引き裂いた
yeah eh eh yeah eh eh きみをつらぬいた
yeah eh eh yeah eh eh ぼくを引き裂いた
03:mission
作詞 EMI
作曲 伊藤毅
真実は嘘で消して
呆れるほど 深い罠に堕ちてく
真夜中に抜け出して 飛び乗るフリーウェイ
悪い遊びをしているみたいだ
遠い未来は 知らなくていいから
手に入れたい 幸せならここにある
真実は嘘で消して
呆れるほど 脆い恋に落ちてる
ラブソング流れるレディオ
ハッピーエンド 少し憧れちゃうよ
僕らは違う行き先 見つめてる
油断してたら 見失いそう
見ないふりしても どうしようもない
噛み合わない 二人だってわかってる
真実は嘘で消して 揺るぎない愛
なんて どこかにあるの?
誰でもいいわけじゃない
呆れるほど 深い愛に堕ちてく
これは mission?
04:オー・エス!
作詞・作曲 伊藤毅
そりゃあいろいろあるよ みんなそれなりに大変で 転んだりもしてる
「適当」っていい意味でしょ? 24時間も働けない おじさんに怒られる
がんばれ、って言うけど ぼくたちがんばってますよ 多分みんなそうなのさ
失敗だ、なんて言うけど ゴールにつながってる道 探してるだけなのさ
だから
あー あきらめるのは あとまわしにしよう ひとはとやかく 言うけれど
そう 心配するより 信頼しよう 遠回りでもいいんじゃない?
最後まで笑っていたいね 君の寝顔を ながめていたいね いつまでもさ
君の足あとが 誰かのための 道しるべになるかも
オー・エス!
キミの話は聞いたよ 勝ったり負けたり大変で でも前に進んでる
あのときの夢が何かに 変わっていったとしても それはそれで悪くない
凹んで落ちてるときは ソコから見上げればいい 世界がクリアに見えるかも
前にすすめないときは キミがどれくらい本気か 試されてるのかも
だから
あー あきらめるのは あとまわしにしよう ひとはとやかく 言うけれど
そう 心配するより 信頼しよう 遠回りでもいいんじゃない?
最後まで笑っていたいね 君の寝顔を ながめていたいね いつまでもさ
君の足あとが 誰かのための 道しるべになるかも
最後まで立っていようぜ だれかが来たら ゆずって往くんだ
君の汗の ひとしずくが 誰かの涙 ふきとばしてゆくだろう
オー・エス!
オー・エス!
オー・エス!
05:ワスレナグサ
作詞・作曲 伊藤毅
痛みを 隠したまま
涙で ゆがむ きみの笑顔
ぼくをすりぬけて
地図も 灯りも なくした夜は
きみを探してた
forget-me-not
きみの 眠れぬ夜を ぼくが
どこか 遠くへ 置いてくるから
世界の果てまで
さみしさも 悲しみも
怒りも 後悔でさえも
ぼくに投げつければいい
きみより 大切なものは
どこにも なかった
forget-me-not
きみが きみをうたがわぬように
ぼくが 少しだけ 前を歩くよ
許されるのなら
忘れないで
もしも くらやみにいるのなら
ぼくが すべてを 引き受けるから
少しだけそばに
forget-me-not
きみの 眠れぬ夜を ぼくが
どこか 遠くへ 置いてくるから
何度でも言うよ 忘れないでいて
06:星降る夜に
作詞・作曲 伊藤毅
真夜中のプール忍びこんで びしょ濡れで帰ったあの日
きみと黒いTシャツが 月に照らされて きらきら
部屋に入ってすぐに 抱き合う濡れたコンバース
ぼくらにこわいものなんて どこにもなかった
思い描いたようには いかなかったみたいだけど
歩き続けた場所には たどり着いたみたいだ
星降る夜に二人は 手をのばした
あの日のきみの願い きっとかなえられる
二人で見つけた星座が 輝いてる
この星空の下で つないだ手もう二度と 離さない
新しいうたができた 頭からこぼれないように
ギアを少しだけ落として 口笛で帰るよ
「ぼくはみんなと違うんだ」って 思ってたらはじき出された
終わるのがこわいから もう少しやってみるよ
星降る夜に二人で 手をのばした
あの日のきみの願い きっとかなえられる
すべてを越えて 終わりが 来るときまで
あの星空の下で つないだ手もう二度と 離さない
星降る夜にぼくは 手をのばした
きみの最後の願い 今かなえてあげる
きみの星座が きらきら こぼれ落ちる
長い約束だったね きみの手このままずっと 離さない
07:Swan Song
作詞・作曲 伊藤毅
すべては来たりて 彼方へ去り行く
変わらざるものは ただこの響きよ
妙なる楽の音 永遠に鳴り響け
短し人の世 長きは楽の音
すべては消えゆく 流転の理
終わらざるものを 刹那に求めて
妙なる楽の音 時世を越えてゆけ
短し人の世 長きは楽の音
08:ツ・ナ・ガ・リ・タ・イ
作詞 伊藤毅&EMI
作曲 伊藤毅
キミとの距離つかみたい
近いのに遠いみたい
もっと馴染んでもいいんじゃない
でもチェキはもうちょっと稼ぎたい
正直だけど傷つけない
愛されたいけど媚びてない
調子悪くても問題ない
なくしたものは数えてない
反省しない繰り返すスタイル
正解なんてどこにもないのさ
だからツナガリタイ 今夜キミと
レアなスタイルで
もっともっと深くツナガってたい
ゼロメーターで 抜け駆けかけて 愛を交わしたい
手練手管は 隠さない
部下の手柄 横取らない
デリバリーは 味気ない
イチゴポッキーで かまわない
大きくなって 歳をとったら
オトナになれると 思ってた
だからツナガリタイ 今夜キミと
フォーティエイトで
たわわな果実 ぱふっと感じたい
ボクの果汁が 先走ってる キミのせいだよ
まわり道でも道は道だから
いつかはどこかにたどり着く
でもあんまり時間もないから
のんびりはしてられない
だからツナガリタイ 今夜キミと
正常なスタイルで
もっともっと深くツナガってたい
ゼロメーターで 抜け駆けかけて 愛を交わしたい
だってツナガリタイ 今夜ここで
いつものスタイルで
もっともっと深くツナガってたい
マイナス5センチ ママには内緒 愛を叫びたい
09:ためしにキスをしよう
作詞・作曲 伊藤毅
ためしにキスをしよう
少しだけキスしよう
ぼくがどれくらいきみを好きか
わかってしまうけど
きみの気持ちを ぼくにわけてよ
楽しい気持ち 倍にするから
きみの気持ちを ぼくにわけてよ
つらい気持ち 半分にするから
どうしてもっとはやく
出会わなかったんだろ
順番が違った、だなんて
聞きたくないよ
ためしにキスをしよう
少しだけキスしよう
ぼくがどれくらいきみを好きか
わかってしまうけど
もいちどキスをしよう
かすかに触れるくらい
ぼくがどれくらいきみを好きか
わかってしまうから
ぼくの気持ちが きみにばれたら
会えなくなるかも それがこわくて
きみの笑顔が まぶしすぎたから
見ないふりして 何度も見てた
急に真顔になったきみが
ぼくを見つめてる
ごめんね、ってそれ逆じゃないの?
気持ちあふれそう
だから
もいちどキスをしよう
さっきくらいやさしく
ぼくがどれくらいきみを好きか
わかってしまうけど
ためしにキスをしよう
かすかに触れるくらい
ぼくがどれくらいきみを好きか
わかってしまえばいい
10:グッバイ・クルエル・ワールド
作詞・作曲 伊藤毅
タイムラインの 向こう岸から
数えきれない 痛みの KISS が
幾千の星 輝いては降りつもる
真冬の空の 哀しい花火
たくさんのひとつ 命のかけら
ぼやけたリアル 映し出して砕け散り 霞んでく
小さな手 君と夜空
煌めいて 消えた
Goodbye 終わる 残酷な日々
巡り巡る いつか 通り過ぎていく
君の想いと 僕のずるさが
的を外れて どこかで響く
「それでなにかを 償ってるつもりなの?」
「これが最後」と つぶやきながら
目の前にある この現実と
足がからんでも踊り続ける毎日 続いてく
小さな手 君の言葉
瞬いて 消えた
Goodbye 終わる 後悔の日々
巡り巡る どこかで すれ違ってゆく
「悲しみが 尽きぬども
希望の灯は 消えぬ」
Goodbye 終わる 残酷な日々
巡り巡る いつか 通り過ぎていく
Goodbye 逢える 遠い場所で
巡り巡る どこかで すれ違ってゆく
それは少しも 劇的じゃなく
まるで昨日と 同じふりして
いつも通りな 顔のままで そこにある
11:ロックミュージック
作詞・作曲 沼倉隆史
知らない曲だけど 響きだけもっとロックミュージック
明日明後日 予定がない 22の夏休み
ぼくは もっと笑ったり ちゃんと泣いてみるべきだ
もうこれ以上も 以下でもない Something
そう つかみとるまでは
とにかく揺さぶって 踊りたいだけよ all night long
気が狂ってる ふりしてる ステージもないくせに
ぼくは もっと話したり ちゃんとあえて言うべきだ
もうこれ以上も 以下でもない Something
そう つかみとるまでは
Hey Hey My My Hey Hey My My
Hey Hey My My My fuh
Hey Hey My My Hey Hey My My
Hey Hey My My My fuh
そしたら突然に 彼の銃声は響いたんだ
闇をちゃんと 切り裂けず ガレージに閉じ込めた
いまだにだめだめで 多少ばらつきはあるけれど
闇をちゃんと 切り裂きたい イメージの湧くうちは
だから もっと笑ったり ちゃんと泣いてみるべきだ
もうこれ以上も 以下でもない Something
そう つかむんだ
そして もっと話したり ちゃんと敢えて言うべきだ
もうこれ以上も 以下でもない Something
そう つかみとるまでは
uh hu… uh hu…
99:Bonus track
以下、SUTEMI 2ndアルバム「PUNKY DISCO POPS」に関する前書きと能書き。
下記の文章はあくまで私、伊藤毅の非常に偏向した主観に基づくものであり、SUTEMI、EMI、メンバーおよびスタッフ等関係者の主義、主張、意見を代表、代弁するものではないことを最初におことわりしておきます。
それにしても。
ファースト・アルバム「Flutterby」から五年、今回ようやくセカンド・アルバム「PUNKY DISCO POPS」をリリースするところまで漕ぎ着けたのは、関係各位の協力と尽力のおかげであり、そしてなによりも掛け値なしにあなたのおかげであることは間違いない。本当にありがとう。感謝します。本当に読むのね?
————
01:この世界の終わりに
作詞・作曲 伊藤毅
「多摩川っぺりの4階建てアパートメント、テレビからは繰り返し何度も流れる同じ内容の映像、夕方じゃないのになぜか異様に赤い空、静まり返った商店街、きみとすごす最後の日々、この世界を失うよりもぼくはきみを失うことのほうが」
横浜市在住の還暦間際の熟年男性(59歳)が、終末地雷いきづらい系&こじらせ界隈な歌詞を書いてしかもそれをアルバムの1曲目にするだなんて恥ずかしくないのか誰にも止められなかったのかと言われれば、止められなかったしまあじゅうぶんに恥ずかしい。自分では青春ソングのつもり(それだって恥ずかしいだろ)だったのだが。永遠の厨二病としか言いようがない。
そもそも私には年相応な音楽的才能などはない。音楽の神様から預かったメロディや言葉やアイディアを、これまでの四十数年間で聴いてきたロックの先達の叡智とスタイルを借りてあなたに聴いてもらっているだけで、私の中になにか特別な才能とか能力などがあるわけではないのだ。
そんな私がこの曲の音楽的な部分について一応説明しておくと、全体のグルーヴの感じはデリック・メイ、ベースはグレン・ヒューズとジャン・ジャック・バーネル、右側のギターはウィルコ・ジョンソン、ストリングスのリフとユニゾンしている左側のギターはエイドリアン・ブリュー、後方で鳴っている空間的なギターはフィル・マンザネラとダニエル・ラノワ、のイメージでこの曲の制作作業をすすめていったのだが、なにせほぼすべての楽器の演奏をしているのはこの私なわけで、気分的にはそのつもりで成り切って弾いているつもりでも実際にはそうは弾けてない、そうはなっていない場合が多い。稀にうまくいくこともあるが、大抵の場合はあれ? おかしいな、なんかちがうな、まあいいか、機能はしてるしな、みたいな稚拙なオリジナリティを披露している場合が多々ある。非常にある。
さらに賢明なあなたならもうお気づきだろうが、コーラス部分の出だしはグローヴァー・ワシントン・ジュニアの「Just the two of us」のコード進行(ジャスアス進行とか日本だと丸サ進行とか呼ばれてるあれ)になっている。「B♭maj7、A7、Dm7」と頭3小節だけなのに、あのコード進行の支配力は中々すごくて、この曲のメロディにコードをつけているときに「あ、やば、あれになってる」と気がついてさすがの私(?)でも躊躇したくらいだ。それほどかの「Just the two of us」のコード進行を使った曲は多い。興味があるかたはググってみるといい。ちなみにSUTEMIでいうと1stアルバム「Flutterby」に収録されている“Sing”もイントロとコーラス、いわゆるサビの出だし3小節のみだがこのジャスアス進行になっている(Cmaj7、B7、Em7)。
まあこの通り、何度も書いているように私にオリジナリティなどは微塵もなく、単なるパイプであり、単なるインターフェイスにしか過ぎない。空き地の土管みたいなものだ。最近見ないな。だれでも知っていて使える音楽の諸先輩がたの叡智を組み合わせて編集し、その是非はともかくこれが自分の作品でござい、と世間に発表している単なる「うつけ」だ。その語源通り中身はからっぽ。さあ、身に覚えがないものだけが私に石を投げるがよい。早くしないとこの世界が終わってしまうぞ?
02:Pretty Pink
作詞・作曲 伊藤毅
元々は前作「Flutterby」のすぐ後くらいにメロディだけを作ってはいたものの、その後どうしていいかわからず「(仮)マイナー」というファイル名で長らく放置していた曲だった。
10歳になる私の次女はいわゆるK-POPが大好きで、将来は韓国の音楽プロダクション(JYPですな)に入社してタレントさんたちのマネージメント・スタッフになりたいのだそうだ。じゃあ、そのためには日本語以外に英語とハングル語もある程度は話せないとね、と言ったらすぐにどちらも勉強しはじめたようで、簡単な単語であればある程度読み書きはできるようになったらしい。
そして自宅や移動中の車内などで次女の趣味で流れる最近のアジア系の情報量の多いタイプの曲を耳にしているうちに、ああそういえばお蔵入りフォルダの中に昔のJ-POPみたいな曲があったなと思い出し引っ張り出したのがこの曲の原型となった。
制作するにあたって娘のお気に入りのK-POPに影響された部分は否めないが、ご存知のかたも多いと思うが、あんなすごい曲、バックトラックは私には作れない。同じ土俵で戦うどころか、同じ土俵に上がることすら(少なくとも今は)無理だということくらい私にだってわかる。
であればこっちの土俵に近づけるしかない。その過程で違う種類の「S-POPS」になればそれもよし。数年前に書いたメロディに、意図的にマニフェストというかお気持ち表明的な、ある意味パンキッシュな歌詞を書いた。私の娘の今と将来を動かしたお隣の国のポップスターや、今までに私を動かした数々のロックスターへの思いも込めて。
詞曲がほぼできたところでオケを作り始めた。前述の通りK-POPのようなものすごいバックトラックはもちろん私には作れない。ではどうするか。歌詞と同様に、ダンスミュージックのフォーマットに違う要素を入れてこちら側に引き込む。人の土俵で戦うから負けるのだ。
サンプラーの808と909、Linnなどの古いリズム音源(もちろん実機ではない)でリズムトラックを作り、MOOGとサイン波で何種類かのベース音をつくって打ち込み、コーラスの部分とその他の一部で私の手弾きのエレクトリック・ベースを加え、場所によってはダブラーで左右に広げ、プロフェット5など何種類かのシンセでパッド系の音を鳴らし歌のスペースを作るためにこれまた左右に分け、毎度お馴染みクラビネットでカッティングを模したフレーズを弾き、テレキャスターにMXRのダイナコンプだけを通してジャズコーラス(クリーントーンはほぼすべてこれ)を鳴らしカッティングのパターンを弾き、同じ音で左は6/4、右は4/4とキング・クリムゾンやXTC的な左右違うリフを組み合わせ、シマーで空間系処理をしたギターのアルペジオを背後に設置し、間奏ではぐちゃぐちゃに歪んだシンセとE-BOWをユニゾンで弾き、その他何種類かのループと効果音を切った貼ったして「TWICEが80年代のキング・クリムゾンとコラボ」してるみたいなイメージで作ったのだが、あんまりそうはなっていないといういつものパターンだ。
そんなこの曲が今の時勢にのったアップトゥデートなものかどうかはわからないが、EMIはこの曲がお気に入りらしい。今の若いZ世代のかたがたがどう思うかもぜひ聞きたいのでご感想はお気軽にどうぞ。
03:mission (2025 mix)
作詞 EMI
作曲 伊藤毅
シングルリリース時のライナーノーツはこちら(https://sutemi.jp/gcw/#04)。
「シティポップ、シティポップと言うわりにはあまりそうはならなかったいつものパターン」的なことを上記のライナーノーツに書いていたのだが、ライヴのためのリハーサルでドラムのmieちゃん、ギターのモッチーさんと一緒にスタジオで演奏してみたところ彼らいわく、この曲はまだシティポップスの範疇に入っていて演奏するのがやや難しい、とのこと。彼らのプレイを聴く限りぜんぜん問題ないと思うのだが、彼らにとっては曲が体に入り込むまではそう感じるのだろう。
私はライヴでスタジオ盤、CDの音をそのまま再現しよう、とは考えていないし、昨今よくある「アルバムxxx完全再現ライヴ」というものには全く価値を感じていないどころか、そもそも本人であってもそんなことは不可能だと思っているので、mieちゃんとモッチーさんには「みなさん自身の演奏を聴きたいので、CDの音や演奏を再現しようとしなくていいです」と伝えた。本人の私でさえライヴのリハーサルではもうすでにCDとは違うフレーズを弾いている。すでに忘れているという話もある。
私は彼らではないし、彼らは私ではない。同じフレーズを弾いても演奏するひとが変われば違うフレーズになる。でなければ意味がないし音楽的につまらない。あなたはあなたであればよく、あなた以外の人間になる必要はない。はるか昔、「夜のスカッドミサイル」「下北沢の核弾頭」とまで呼称されていた私は、酔っ払うたびに「俺はますます俺になる」などと戯言を吐いていたのだがある意味それは正しい。ただ私の場合は俺になりすぎていろいろ問題を起こしていたのであまり偉そうなことは言えない。どうもすみませんでした。
04:オー・エス! (2025 mix)
作詞・作曲 伊藤毅
これもシングルリリース時のライナーノーツはこちら(https://sutemi.jp/gcw/#04)。
この曲をはじめて人前で演奏してからそろそろ2年近くが経つ。当時は「こんなポップなやつを人前でやってもいいのか? みなさん、こいつはホコ天出身なんですよ? 最近はピコピコ(?)やってるがパンク上がりどころかパンク下がり(上がってない)なんだぞ? だいじょうぶか?」くらいなことを思っていたのだが、慣れとはこわいもので、今回のアルバムにはこの曲以外にもいわゆるポップソングを何曲か収録した。
今の私は音楽に向かうモチベーションが以前とはやや違ってきているように思う。アマチュアのころはライヴをやって酒を飲んで女のコにモテて楽しければそれでよかったし実際にモテた(いやほんとに)。プロになってからはひたすら売れたかった。売れればなんだか自分が偉くなるような気がしていたからだ。
今は以前よりももっと多くのひとに楽しんだり喜んだりしてほしいが、そのために自分の脳内で鳴っているものを歪めたり改竄したりはしないし、以前のように自分のアイディアをゴリ押しすることも少なくなったんじゃないかと思う。多分。音楽を原初のもとあったあるべき姿にもどして、あなたに聴いてもらえればそれでいいしそれがいい。
音楽の呼び名やジャンルを決めるのは私ではなく聴き手だ。パンクでもR&Bでもポップでも野球ディスコでも、もはやなんでもいい。差別をなくすには混ぜてしまえばいい。ミクスチャーの果てにまたあらたな差別や争いがあったとしてもそのときにはまた隣人同士ご近所さん同士戦うことの無意味さを訴えるしかない。誰かになにかを訴える、その訴求効果が高いという意味では、難解であるよりポップ、わかりやすいほうが伝わる可能性が上がるんじゃないだろうか。イスラエルとパレスチナの前で音楽が、この曲が有効かどうかはわからないが、少なくとも私はホコ天時代よりは聴き手に伝わりやすいかどうかを考えるようになった。残り時間が少なくなるであろうことをのぞけば、回り道もそんなに悪いことではない。
05:ワスレナグサ
作詞・作曲 伊藤毅
コーラス部分で歌われている”forget-me-not” とは植物のワスレナグサの英名。直訳すれば「私を忘れないで」、花言葉は「真実の愛」なのだそうだ。
元々この曲のヴァースとブリッジの部分は、10代のころに知り合ったシャブ中でジャンキーのギタリストの友人のことを書いた歌だった。それを数年前にEMIに書き直してもらい、それをさらにわがままを言って(申し訳ない)私がリライトさせてもらい書き上げた。
音楽的には大英帝国系ロック、初期のコールドプレイやオアシスからの影響を隠していないかわりに、奇を衒(てら)うようなこともしていないはずだ。正統派でまっすぐな歌に仕上がるといいなと思い作った。
書き直した部分は、今は会えないひと、もう会えなくなってしまったひと、伝えられなかったこと、伝えたかった個人的なことをそのまま正直に書いた。私にその「真実の愛」があるかどうかはわからないが、いつか伝わればいいとは思う。
蛇足。2020年にリリースした我々の1stアルバム「Flutterby」に収録した“Stars”と音楽的な構造がほぼ同じではないか、とあなたはお思いかもしれないが、我々には、いや私にはそんなにたくさん音楽的引き出しがあるわけではないのです。配られたカードでどうにかするしかないわけで。
06:星降る夜に
作詞・作曲 伊藤毅
これは「きみ」より少しだけ長生きするよ、と約束した「ぼく」のことを書いた曲。なぜなら「ぼく」にできるかもしれなかったことは、それだけだったから。ただしその約束が果たされるのはきみがいなくなるときだ。
元々は10年ほど前に楽曲コンペに通って某大手演歌系プロダクションの若き歌い手の曲として詞曲ともに採用された楽曲。先方の事務所にしばらくホールドされていたが、一年経っても作品としてリリースされる気配がうんともすんともなかったために詞曲ともに返してもらった。もったいない、という勿れ、完成前の「素材」には鮮度というものがあるのだ。演歌ポップにしてくれてよかったのに。
書き直す前のこの時の歌詞は非常に死の匂いが強かった。よくコンペ通ったな。書き直す前の歌い出しの部分の歌詞は「二人でいるけれど、一人でいるみたいだ」と、まるで男女のいざこざを描いているように見せかけて、本当は私が経験した葬儀の時の描写だった。他にだれもいないがらんとした斎場で棺の中にいる彼女とそれを見ている私。二人でいるけれど一人。こんなにポップな曲調にも関わらず。
そのままSUTEMIのライヴでもなんどか演奏したのだが、しっくりこないままお蔵入りとなっていた。
今回アルバムの収録曲を選出するにあたって、ボツ倉庫フォルダの中のこの曲を引っ張り出した理由はおそらくこの曲を今度こそちゃんと世の中に出して成仏させたかったのだろう。せっかく音楽の神様からもらったものをきちんとカタチにしなかったら、音楽の神様から与えられた現世とのインターフェイスの役割を剥奪されてしまう。サボってたら何も出てこなくなるってことね。
歌詞をほぼ全面的に書き直し、音楽的にはひたすらきらきらしたポップソングにすべく、YMOと藤井風(さん)と80’sのディスコミュージックの成分を注入したつもりなのだが結果的にはあまりそうはなっていないといういつものパターン。そして歌詞もアレンジもほぼ全面的に改訂したはずなのに、なぜか過去のさまざまな出来事のニュアンスが歌の中に残ってしまった。消せないのね。
アルバムに収録されたこの最新版の歌の内容の解釈と評価はもちろんあなたに任されているわけだし、書かれた歌詞の内容は虚実入り乱れているわけだし、真夜中に下北沢のどこかの学校のプールに忍び込んでびしょ濡れのまま女のコの部屋に行ったり、夜空を眺めながら、きれいね、いやきみのほうがきれいだよなどと言ってみたり、ぼくはきみより少しだけ長生きするからと約束したり、10代のつもりが気がついたらもう還暦間近になっていて結局まだ何もはじまっちゃいないことに気がついたとしても、すべてはファンタジーだ。なんだかちょっと泣きそうなんだけど。
07:Swan Song
作詞・作曲 伊藤毅
タイトルの「Swan Song」とは、人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すこと、またはその作品を表す言葉で、ヨーロッパの言い伝えの「死ぬ間際の白鳥は最も美しい声で歌う」という伝説に由来しているのだそうだ。
この曲の歌詞に出てくる、
「短し人の世 長きは楽の音」
の部分は、坂本龍一さんが好きだった言葉で、古代ギリシャの医師ヒポクラテスのことわざである「芸術は長く、人生は短し」をほぼそのまま引用して使わせてもらった。
その坂本龍一さんは亡くなる間際まで、ベッドに横たわったまま音楽を聴きながら指揮するかのように両手を宙で動かしていた。
ゴッホは生前に数枚しか絵が売れず、貧困のなかで自らの耳を切り落とし狂気に沈んでいった。
宮沢賢治のほとんどの作品は、あの「アメニモマケズ」でさえ彼が亡くなったあとに出版されている。
人間誰しも志半ばで死ぬのだ。
だがもしも運よく作品が世の中から発見されて、その作品に力があれば作品の命はそのあとも続いていく。もしかすると永遠に。
あなたと同様に、私の残り時間があとどのくらいあるかはわからない。明日なのか来週なのか来年なのか再来年なのか、最期の日が来たとしたらそれは(音楽の神様からの)お役御免というわけだ。どちらにせよ明日死んでもいいように生きなければならないし、私はまだ生きている。つまり作り続けろ、ということなのだと思うようにする。
ちなみに私の脳内でこの曲は「恋してしまった人間と一緒にいたいがために、自分も人間にしてもらうことと引き換えに限りある寿命を受け入れたアンドロイドの、自らも朽ち果てつつ横たわっている人類滅亡後の回想シーン」のバックに流れる曲という設定になっているのですがどなたか映画化してくれませんか(全俺が泣いた)。
08:ツ・ナ・ガ・リ・タ・イ
作詞 伊藤毅、EMI
作曲 伊藤毅
娘と言ってもまったく過言ではない年齢差の女性にこの曲を歌わせるのがハラスメントかどうかはさておき、歌録りのときに、
「きみの果実をぱふっと感じたいの、ぱふっのとこ、もうちょっとぱふ感ほしいですよねえ?」
などと自ら提案してきて、私の想像以上の「ぱふっ」感を表現してくれたEMIはなかなかどうして男前ではなかろうか。ぱふ感。
元々は宮田和弥への提供曲だった。SUTEMIでやるにあたって歌詞をEMIにSUTEMI向きにリライトしてもらいライヴでも何度か演奏した。それを今回アルバムに収録するにあたって私がやや無理やり気味に手を入れEMIとの共作とさせてもらった。忌野清志郎さんの「雨上がりの夜空に」とか「窓の外は雪」のような愛に溢れたエロ暗喩ロックを目指したのだがどうだろうか? ちなみにセクハラぎみの箇所の作詞はすべて私なのでEMIに非はない。
ライヴでサポートしてくれるドラムのmieちゃんやギターのモッチーさんにも、ひとまずこの曲は好評だったようだ。特にギターのモッチーさんは「いやあ、いいねえ!」と盛り上がってくれた。
ただ先日のライヴのリハーサル時、EMIとmieちゃんが二人で歌う、
「だからツナガリタイ 今夜キミとー」
「ボクの果汁がー、先走ってるうー」
という女子によるコーラスパートの熱唱を聴いて私が演奏中にニヤニヤしているのを、歌っている当のEMIに「なんだこのエロじじい」とリハーサルルームの鏡越しに睨まれていたような気もするのだが、ロック界のラランドを目指す私(初耳)としては特に気にはしていないし、もちろん反省もしていない。背中から刺されるタイプ。
09:ためしにキスをしよう
作詞・作曲 伊藤毅
まず最初に、曲のタイトルにもなった出だしの部分の言葉とメロディが同時に出てきた。そしてそれにつられるようにヴァース、ブリッジ部分のメロディも数分程度で出来上がり、細かい語尾や言い回しには少し時間がかかったが、そのあとはするすると半日もかからずフルコーラス出来上がったように記憶している。
私のなかでは、実際に存在する相手を想定し、場面とやりとりを想像しながら書いた。さらに「きみ」と「ぼく」のどちらが男性であっても女性であっても、もしくは同じ性別であっても「手慣れていて、やや強気で、ふざけているように見えるけれど、相手のことが純粋に好きでたまらない、そして最終的にはふたりは離れてしまう」というストーリーが成立するように書いたつもりだ。
そして歌録り時、EMIには「演じるよう」に歌ってほしい、とリクエストをした。ただしこれは誤解される場合が多い。演じるように、と言うとモノマネをやり始める人がいるのだ。楽しいふり、悲しいふり、怒ったふり、戸惑うふり、恋したふり。
違うのだ。そういうことではない。
私の言う「演じるように」とはモノマネやふりをすることではなく「その物語の主人公の立場や世界にもしもあなたが存在したらあなたはどう振る舞うのか?」ということだ。つまり主軸はあなたでなければならない。モノマネなどは必要ない。あなたのまま、そのままでその歌の世界、ストーリーに存在するとしたらあなたならどうするのか? もしくはその世界を描写するためにどう存在するのか? どう表現するのか? という「リアルな虚構」を演じてくれ、ということだ。
この曲の歌録り時、最初EMIはいまひとつこの曲に乗り気ではなかったように見えた。こういったタイプの曲は歌ったことがなかっただろうし、自分の中にそもそもないような種類の歌い方をするのに抵抗があったかもしれないし、なにより還暦間際のおっさんが恥ずかしげもなく書いたラヴソングをなんであたしが歌うんすか? くらいのことは思っていたのかもしれない。
でも彼女はこの曲を見事に演じ切った。どういうつもりで歌ったのかは本人に訊いてみたわけではないのでわからないが、まるでこのストーリーと世界線の主人公のように彼女は歌った。
さらに彼女は歌録り時に、私が前もって指定していた譜割とは違う歌いかたをした。通常であれば「そこ、(譜割)違うよ」とヘッドフォン越しに指摘するところなのだが、彼女が提示してきた歌い回しが素晴らしかったためにそれをそのまま採用した。私の想定をEMIが上回ったわけだ。すばらしい。さすがにチューはできないので、今度ご褒美におじさんがなにか買ってあげよう。チョコとかかな。え? エルメスのバーキンか、ゴールドのバー? それは港区へ行ってください。
10:グッバイ・クルエル・ワールド(2025 mix)
作詞・作曲 伊藤毅
フランクが暗闇の世界でも生きてこれたのはなぜなんだろうか。
この曲に関しても前回シングルでリリースしたさいのライナーノーツhttps://sutemi.jp/gcw/#04 をご参照のほど。この原稿を書いている今も、双方で停戦交渉に入る準備はある、としながらもロシアとウクライナの戦争はまだ続いている。
アルバムに収録するにあたっては、歌や基本的な部分はそのまま、サンプリングされたドラムループ、808と909によるハイハットなどのリズムパートを刷新、空間系のアルペジオギターを追加、気合いと魂が込めきれていなかった私のギターを気合いと魂を込めきった私のギターに差し替えた(一年もあればこんな私でも進化するのだ)ために再度ミックスの作業を行ったが、方向性は基本的には変わってないと思う。
そしてこのアルバム収録の作業中に思い出したのだが、2コーラス目の
“足がからんでも踊り続ける毎日 続いてく”
という部分は映画「セント・オブ・ウーマン」の中でクリス・オドネル演じる苦学生のチャーリーが、
「足がからまってもそのまま踊り続ければいい、ってあなたは言ったじゃないか!」
とアル・パチーノ演じる盲目の退役軍人フランクに言うシーンのセリフから引用させてもらっている。この映画は1ミクロンの隙もない本当にすばらしい作品なのでぜひご覧になっていただきたい。もしかするとあなたもタンゴを習いたくなるかもしれないが、それもまた人生の一興。
11:ロックミュージック(CDのみ収録)
作詞・作曲 沼倉隆史
アルバムのラストを彩ってくれるのは私が大好きだったバンド、taeのカヴァー曲。EMIにお願いして私のわがままで今回演らせてもらった。まあほとんどだいたいが老人のわがままには違いない。
もう20年近く前のこと、私は当時 tae の音楽とメンバーが好きすぎて、彼らのアルバムの制作現場での仕切りと作業をほぼ無償のボランティアで担当した。彼らの当時のガールフレンドたちが競うように作ってレコーディング・スタジオに差し入れてくれたおにぎりは死ぬほどうまかった。メンバーの脱退、活動休止と再開を経たその活動後期には、私が当時住んでいたアパートメントの地下にあったスタジオを無償(?)で提供し、エンジニア兼ベーシストとしてレコーディングを行い、ライヴにもサポートで参加した。
バンドはその後、残念ながら解散となってしまったのだが、私が最初にバンドに関わったときのメンバーは、第一期SUTEMIでもおなじみ轟音ドラマーのアベカワミンゾク、泥酔するとストラトのアームでダウジングしながら帰宅する天才と紙一重のギターの小野ちゃん、ベースはわが盟友サカマキ・ススム(ススムとはお互いに何年も不仲で口もきかない状態だったのだが、一昨年のとあるライヴで偶然再会したさいに、不仲であったことを二人ともすっかり忘れていて、うっかり普通に会話をしてしまったことをきっかけにふたたび交友と友好が回復した。歳を重ねるのは決して悪いことばかりでない)、そしてヴォーカルとギターとほぼ全曲の作詞作曲を手掛ける、稀代のソングライター沼倉隆史。彼とは家族ぐるみでお互いの自宅を行き来するような友人にもなれた(と私は思っている)。
tae が演奏する原曲のヴァージョンは、轟音ギターが鳴り響くウイーザーを彷彿とさせるストレートかつ小粋なロックナンバー。なのになぜか泣けるのはニール・ヤングとカート・コバーンを思わせる歌詞のせいだけではないと思う。
今回、SUTEMIでカヴァーするにあたって、リスペクトのあらわれとして基本的にはオリジナルのフォーマットを踏襲した。
だが同じスタイルを追求したとて到底初出のオリジナルにはかなわないので(というかリメイクがオリジナルを越えたという事例はあまり聞いたことがない)、リズムの枠組みとして横方向へのグルーヴをやや強調するためにデヴィッド・ボウイ成分とプリンス成分を加え、おそらく原曲も持ち合わせているであろうパワーポップ的な成分のチープトリックとスクイーズのフレイヴァーもちりばめた。パクリという勿れ、これこそがインスパイアと言うのだ。そもそもこの曲がすでにカヴァーであるわけでパクリ×パクリか。いや違うインスパイアxインスパイアだ。あぶねえ。
というかだな、パクリだなんだという前に、こちとらジャパニーズ・ロックの黎明期から(「日本語のロックは是か否か」なんてナンセンスな論争が音楽雑誌で本当にあったんだぞ? スネークマンショーのネタじゃなくて)ロック音楽の成分をさんざん摂取消化吸収して全身の血となり肉としておるのだ。いったいこのワシが何年ロックをやっていると思っておるのじゃ(老害)。というか別にそんなにマニアックでもないネタ元を公言したあげく、これ、ロック通のキミならもちろんわかるよね? といういつもの私の衒学的な態度もどうかと思うが。
今回この曲をカヴァーさせてもらって、私がこの曲に入れ込んでしまう理由が少しわかったような気がする。この曲はロックとそれにまつわる寓話性に対するアンチテーゼのふりをしながら、自分はまだ前に進んでいくのだというマニフェストであり、すべてのロック音楽に対するアンセムなのではないか。できれば私も「ロックミュージック」を死ぬまでやり続けようと思う。できるかな? できるよね、きっと。
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さて、今回も最後までこの冗長な文章におつきあいくださったあなたに特大の感謝と賛辞を贈ります。いらないと思いますがチューしてあげたいくらいです。そしてこのアルバムを、それぞれの曲たちを「あなたの人生のサウンドトラック」に加えてもらえたとしたらどれだけうれしいことか。それこそが私のやりたいことなのです。ありがとう。そしてありがとう。ではまたどこかで。
All you need is Love (& PEACE)
SUTEMI 伊藤毅
00:Credit
SUTEMI
EMI:Vocals
伊藤毅:All Instruments (almost)
Additional Musicians
伊藤愛:backup Vocals on「オー・エス!」
モチヅキ・サトル:E.Guitar solo on「ワスレナグサ」「ツ・ナ・ガ・リ・タ・イ」
Recorded, Mixed & Mastered by 伊藤毅
Art direction by EMI
Illustration by 田中草樹
Mentor 岡田篤弥
Produced by SUTEMI
Thank you all.

