グッバイ・クルエル・ワールド

2023年11月19日

01:グッバイ・クルエル・ワールド (04:49)
02:mission (04:11)
03:オー・エス! (03:59)
04:Bonus track
05:Credit

01:グッバイ・クルエル・ワールド

作詞/作曲:伊藤毅

タイムラインの 向こう岸から
数えきれない 痛みの KISS が
幾千の星 輝いては降りつもる

真冬の空の 哀しい花火
たくさんのひとつ 命のかけら
ぼやけたリアル 映し出して砕け散り 霞んでく

小さな手 君と夜空
煌めいて 消えた

Goodbye 終わる 残酷な日々
巡り巡る いつか 通り過ぎていく

君の想いと 僕のずるさが
的を外れて どこかで響く
「それでなにかを 償ってるつもりなの?」

「これが最後」と つぶやきながら
目の前にある この現実と
足がからんでも踊り続ける毎日 続いてく

小さな手 君の言葉
瞬いて 消えた

Goodbye 終わる 後悔の日々
巡り巡る どこかで すれ違ってゆく

「悲しみが 尽きぬども
 希望の灯は 消えぬ」

Goodbye 終わる 残酷な日々
巡り巡る いつか 通り過ぎていく
Goodbye 逢える 遠い場所で
巡り巡る どこかで すれ違ってゆく

それは少しも 劇的じゃなく
まるで昨日と 同じふりして
いつも通りな 顔のままで そこにある

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02:mission

作詞 EMI
作曲 伊藤毅

真実は嘘で消して
呆れるほど 深い罠に堕ちてく

真夜中に抜け出して 飛び乗るフリーウェイ
悪い遊びをしているみたいだ

遠い未来は 知らなくていいから
手に入れたい 幸せならここにある

真実は嘘で消して
呆れるほど 脆い恋に落ちてる
ラブソング流れるレディオ
ハッピーエンド 少し憧れちゃうよ

僕らは違う行き先 見つめてる
油断してたら 見失いそう

見ないふりしても どうしようもない
噛み合わない 二人だってわかってる

真実は嘘で消して 揺るぎない愛
なんて どこかにあるの?
誰でもいいわけじゃない
呆れるほど 深い愛に堕ちてく
これは mission?

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03:オー・エス!

作詞/作曲 伊藤毅

そりゃあいろいろあるよ みんなそれなりに大変で 転んだりもしてる
「適当」っていい意味でしょ? 24時間も働けない おじさんに怒られる

がんばれ、って言うけど ぼくたちがんばってますよ 多分みんなそうなのさ
失敗だ、なんて言うけど ゴールにつながってる道 探してるだけなのさ

だから
あー あきらめるのは あとまわしにしよう ひとはとやかく 言うけれど
そう 心配するより 信頼しよう 遠回りでもいいんじゃない?
最後まで笑っていたいね 君の寝顔を ながめていたいね いつまでもさ
君の足あとが 誰かのための 道しるべになるかも
オー・エス!

キミの話は聞いたよ 勝ったり負けたり大変で でも前に進んでる
あのときの夢が何かに 変わっていったとしても それはそれで悪くない

凹んで落ちてるときは ソコから見上げればいい 世界がクリアに見えるかも
前にすすめないときは キミがどれくらい本気か 試されてるのかも

だから
あー あきらめるのは あとまわしにしよう ひとはとやかく 言うけれど
そう 心配するより 信頼しよう 遠回りでもいいんじゃない?
最後まで笑っていたいね 君の寝顔を ながめていたいね いつまでもさ
君の足あとが 誰かのための 道しるべになるかも
最後まで立っていようぜ だれかが来たら ゆずって往くんだ
君の汗の ひとしずくが 誰かの涙 ふきとばしてゆくだろう
オー・エス!
オー・エス!
オー・エス!

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04:Bonus track

「グッバイ・クルエル・ワールド」に関する前書きと能書き。

下記の文章はあくまで私、伊藤毅の偏向した主観に基づくものであり、SUTEMI、EMI、スタッフ等の関係者の主義、主張、意見を代表するものではないことを最初におことわりしておきます。

————

SUTEMI における我々の楽曲制作の工程はこんな感じだ。

拙宅内のプライベートスタジオ「iori Studio」での EMI との世間話の中から、昨今のポップ・カルチャーの状況、つまりそれは「ああ、今ってシャツはインなんだね」とか「ジーパン(デニムではなく)のひざのとこやぶけてるの懐かしいねえ」というようなレベルの事象を把握しつつ、これなら今やっても大丈夫かな? と思える音楽的アイディア、メロディや言葉の断片をEMIに見聞きしてもらい、彼女のお許しが出たものに関してのみ制作作業に着手する。

まずはメロディなりリズムなりの音楽的なアイディアに合わせて EMI か私が歌詞を書き、おおまかに出来上がった時点でまずは歌を録る。伴奏とは言えないレベルの、音程を取るためのエレピとクリックだけのバックトラックで EMI に歌ってもらう。いわゆる仮歌というやつだ。メロディーと言葉が一緒になり歌となる最初の工程で、この仮歌を録るという作業が曲を作り上げる上でのすべてのはじまりとなる。これはグリーンバックの前で演技させられる昨今のハリウッド映画の撮影方法のようなものではないかと思う。

そうして録音された仮のヴォーカルトラックを元に、ドラムなどのリズム、ベース、ギター、シンセ、その他の各パートを何度も足したり引いたり足したり引いたり足したり引いたり引いたり足したり足したり引いたり足したり引いたり引いたり足したり足したり、もうなにがなんだかよくわからないハムスターがケージの中でひたすらクルクル回るがごとき作業を行い、そろそろとようやくバックトラックが曲として浮かび上がってきたころにもう一度 EMI に歌ってもらう。今度の歌はいわゆる本番でハモやダブルトラックなどのバックグランドヴォーカルのダビングもこの時にやってしまうことが多い。

本番の歌録りのさいには、その楽曲が(私が、ではない)必要とする要望を具体的に EMI に伝え、彼女の視点での解釈をできるだけ取り入れるように心がけている。私だけの独裁的な視点のみを伝えると、私の能力の上限がそのチームと音楽の上限となってしまうし、音楽を演奏したり作る上で一番大事なことは弾くことではなく聴くことだからだ。


そして EMI が歌い終えた数トラックから数十トラックの歌のオーディオデータを、注意深く何度も「地獄聴き」し、良きと思われるところやクセのあるところ、さらには歌の前後のブレス(息継ぎと吐息)の部分なども、口内の水分状態までわかるくらいの爆音で再生しながら、一本のトラックにまとめていく。

それらの編集作業は、基本的には私ひとりで行い、その間、私はぶつぶつ独り言をつぶやいたり、にやにやしたり、うるうるしたりしている。だれかが見たらおそらく大変な変態にしか見えないだろうしまあ実際にそうだ。

その後ベーシック以外のいわゆるウワモノ、ギターやシンセパートなどをダビングする。私がプレイするギターや、ソフトウエアで擬似的に演奏する鍵盤楽器は、まあ言ってみれば非常にへたくそなのでことのほか時間がかかる。煮詰まりは日常茶飯事であり、そのたびに EMI に現状の作業状況を LINE やオーディオファイルで報告し、楽曲に対する彼女のシンプルかつ的確な見立て、たとえば、

「えー、いいんじゃないすかー?」(そんなどうでもいいことは気にするな)

というサジェスチョンを受け、作業に復帰する。その繰り返しだ。

そうしてすべての楽器と歌の録音が終わったところでトラックダウンの作業に入る。各パートの音量、音圧、距離、奥行き、上下(!)、左右のバランスを取る作業をそう言うのだが、音楽制作作業従事者でないとわかりづらいであろう0.5デシベル以下の音量の違いが気になり始めたところがそのはじまりで、余計なものをすべて取り除き、すべての音がカチッ! と音を立ててハマったところで終了だ。

プロのエンジニアはこのトラックダウンの作業を1曲あたり数時間から1日で完成させるが、私は独学で学んだプロのアマチュアなので一曲に数日かかってしまう場合もあるし、さんざんこねくりまわしたあげく最初の状態にもどって途方にくれることもままある。そういうときはやはり作業途中の曲のオーディオファイルを EMI に送り助けを求めるのだが、運か出来がよければ、

「おおー、いいじゃないすかー」

という返事が帰ってきて、私はそれに納得してそこで作業を終えたり、もしくは発作的にすべてのフェーダーを下げ、すべてのプラグインを外し、またイチからやりなおしたりする。

ミックスした曲をリリースする場合にはミックスダウン後のオーディオファイルに対してマスタリングという作業を行い、全体の音量、音圧、各曲の並びや曲間などを整えて音源化する。各曲の間(の秒数)を決めるのに以前はやたらとこだわっていたのだが、今はもう0秒か1秒で統一している。面倒だからという理由もあるのだが、CDの曲間にこだわるのは個人的にはもはやナンセンスだと思う。異論はあるだろうし、アナログのヴァイナルであれば話は別だが、CDはもはや単なるデジタルデータディスクにしか過ぎない。もしくはベランダのカラス除けだ。時代の要請である。仕方あるまい。

我々 SUTEMI は発表していない曲も含めれば(むしろそっちのほうが多いのだが)上記のような非常に楽しく面倒な作業を今まで何十回となく行ってきたし、これからもおそらくもうしばらくはそうするだろう。

今からここで話す話は、主にそういった音楽を作るさいのインサイド・ストーリーと、生きていくためにはあまり必要がない類の話なので(つまりどちらも同じ意味だ)、興味のあるかただけ読むことをおすすめするが、まあついうっかりここまで読み進めてしまったあなたにはもうそんな御託は必要ないだろう。先へ進もう。

01:グッバイ・クルエル・ワールド

一般的に言われる「音楽を作る」という行為は、なにかをゼロから生み出すのではなく「元に戻す」行為なのではないかと思う。

その曲が音楽の神の身許にあったときの姿、地上に姿を表す前の元々の姿はどうであったのか、それを彫刻のように掘り出す、もしくは元に戻す行為を作詞、作曲、編曲などと言っているだけで、そもそも数学のごとく緻密で厳密で綿密に美しい「音楽」は、人間如きに作れるはずなどない。

音楽の神から選ばれた天才か、努力してひたすらアンテナを立てている秀才にだけ、その曲を元々あった姿にもどし、人間たちに聴けるようにする行為が許されているのではないか? なるほど私もできればそうなりたいものだね、などとぼんやり夢想していたその矢先、この曲のメロディとリズムパターンが1コーラス分ひとかたまりで一度に脳内で鳴り出した。曲中でレイヤーされている二種類のキックのパターンもこのとき同時にイメージとして鳴っていた。

なんだ、これは?

慌ててパソコンに向かい、脳内で鳴っているメロディとリズムとその場で思いついたコードパターンを打ち込みながら、こんなメロディが私に作れるわけがない、私にはそんな才能はない、と自分に言い聞かせた。当たり前だ。そんなことは自分が一番よくわかっている。当然のごとく無意識の剽窃、盗作の可能性を考えた。恐ろしいことにそれは十分にありうる。

数日後、私はこの曲のデモを EMI に聴いてもらった。ワンコーラス聴いた彼女は言った。

「おー、キラキラしてるー、いーじゃないすかー」

よし。実際に曲にすべく作業をはじめた。そのメロディのコーラス部分、いわゆるサビの出だしはその時点ですでに「グッバイ」と鳴っていたのだが、さすがにそれはダサすぎるだろう、と思いメモすら取らなかった。リズムパターン、仮のベース、パッドなどのコードと全体の構成をおおまかに作り、メロディをのせ、シンセのシーケンスフレーズを何パターンか加えたところで作業は行き詰った。

このあといったいどうしたらいい? せっかく音楽の神様から受け取った素材をこの世界に具現化する能力が私には備わっていないのか?

そんな矢先、海の向こうで戦争が起きた。

海を隔てた日本のとなりの国が、ヨーロッパの東の国に発射した冬の空に輝くミサイルの映像は、まるで現実感がなく花火のように美しかった。あの輝きの下で大勢の人の命が消えているにもかかわらず。これはなんだ? なんなんだこれは? この残酷な世界はいったいなんなんだ? こんなものはあってはならないだろう?

グッバイ? Goodbye? あまりにもクリシェ(陳腐な常套句)すぎてありえないだろうと思っていたが、ああ、そうか、この残酷な世界にグッバイなのか。それならいい。そんなものには別れを告げよう。行先が見つかった。さよなら残酷な世界。

そこからは早かったと思う。今この瞬間にも起きている海の向こうの出来事と、過去の取返しがつかない私の個人的な後悔をないまぜにして、何度も何度も何度も何度も歌詞を書き直し、出来上がったと思えたところでEMIに歌ってもらい、歌を録っている最中にも歌詞を直し、歌の編集をし、バックヴォーカルを幾重にもダビングし、EMI お気に入りのシマーエフェクトされたエレクトリックギターと、E-Bowによる(“慟哭”と名付けた)ギターソロパートと、アコースティックギターを何トラックか弾き、シンセベースとできるだけぴったりとユニゾンするエレクトリックベースを弾き、そのほかにもスパイスとしていくつかの楽器パートを加え、ミックスをし、EMI と相談をしてシングル向けではない楽曲であるにもかかわらずあえて一曲目に据えることにした。

この曲があるべき元の姿に戻れているのかどうか、今はまだわからない。でも、もしも、万が一あなたがこれを気に入ってくれたとしたら、こんなにうれしいことはない。

02:mission

「シティ・ポップ」の情念を取り入れたかった。

“してぃ・ぽっぷ:1970年代後半から1980年代にかけて日本で制作され流行した、ニューミュージックの中でも欧米の音楽の影響を受け洋楽志向の都会的に洗練されたメロディや歌詞を持つポピュラー音楽のジャンル(Wikipedia)”

高校生のころの私は、同い年と大学生のガールフレンドの両方からほぼ同時に聴かせてもらったユーミンでギターのコードをおぼえたし、井上鑑さんの佐野元春と寺尾聰のアレンジは今でもものすごく好きだし、大瀧詠一さんとはアシスタントながら一緒に仕事をさせてもらったのだと勝手に錯覚しているし、山下達郎さんは例の芸能プロダクションの一件でやや晩節を汚した感はあるけれど、だからと言って彼の音楽の品質は変わらず、私の移動中の車内での爆音ミュージックの座も変わらないのだが、それでもシティ・ポップというものに興味をもったことはなかった。

「いや、それぜんぶシティ・ポップだよ?」というかたもいらっしゃると思うが、私は彼らすべてをジャンルではなく、好きな音楽としてしか聴いていないし、そもそもそれぞれの音楽性は大きく異なる。

“トランス状態になり神霊などの超自然的存在と直接に交信し、託宣、卜占、祈祷、呪詛などを行う(Wikipedia)” 存在であるシャーマンや、アマテラスをその舞踏で天の岩戸から引きずり出したにも関わらず、その容姿にコンプレックスを持っていたと評されるアマノウズメ、聴衆を熱狂させる異形のロックスターなどは、それぞれすべて女性性をもった存在であるように私には思える。そのいずれも自身の中のコアの部分を相手にぶつけて何がしかの反応や熱狂を引き出すという存在、これは男性性だけでは成し得ないのではないかと思う。おそらく男には情念が足りないのだ。呪術的な意味での呪いと言ってもいい。いわゆるシティ・ポップと言われているジャンルの歌詞をよく聴くと、洗練されてるそのサウンドと都会風を装った歌詞の背後に、なにやら蠢く情念のようなものを感じる場合が他のジャンルよりも多いように思う。

つまりシティ・ポップの魅力とは、熱狂的なシャーマニズムと劣等感に裏打ちされた強烈な情念(まさにアマノウズメだ)をクールなバックトラック、コード進行、メロディに乗せて放出することによって起きる日本ならではの湿気をおびたカタルシス(浄化)、なのだと私は思っている。エロいね。

この「mission」は EMI が作詞をし、まだそのタイトルがつく前に、作曲家の特権で歌の最後の部分に“これはmission”というワンフレーズを付け足させてもらった。彼女が書いた歌詞に登場する人物が、とても素直で健気で可愛いひと、だったのでそこに少し強がりな呪文をまとわせたかったのだ。

そして最終的にこの曲は、その香りのようなものはまとったが結局はシティ・ポップには成り得ていない。情念とも言うべき、劣等感を裏返したパワーが足りなかったのだろう。EMI の名誉のために言っておくが、この曲の彼女のヴォーカルトラックは今までにないくらいとても生き生きとしていて素晴らしい。彼女もこの曲を歌う中で、いろいろと新しいトライをしていたようだった。

EMI はこの曲でヴォーカリストとして次のステップに行きつつある。私の mission (役割と使命)は、彼女の歌を天の岩戸の向こう側まで轟かせるにはどうしたらいいかを考え、それを実行することなのだろう。精進します。

03:オー・エス!

初めて応援歌を書いた。自分と、家族と、仲間にとっての。

「元気を、希望を、夢を与えたい」などとタレントやスポーツ選手、いまや中高生でもそんなことを言う。気持ちはわかる。思考回路がシンプルすぎやしないか、とは思うが、気持ちは純粋なんだろう。

でも本当にそう思っているのであれば、本人に直接ことばや態度を行動やSNSで伝えればいいし、そもそも知らない誰かや不特定多数に希望を「与える」などということはできない。結果的にたとえば「元気になった」のだとしたら、それはその人の中の元気が目を覚ましただけで、他人に分け与えてもらったわけではない。

私が「私であること」を勝手にやり、もしもそれを誰かが私と同じように面白がってくれたり、喜んでくれればこんなにうれしいことはないが、それはあくまで結果でしかないし、少なくとも私は「与える」などという、衛星軌道上から発言しているようなことは言いたくない。そもそも我々にできることがあるとしたら、それはそばにいるひとりかふたりの人となにがしかをシェアすることくらいだ。そしておそらくこの曲で応援したかったのは自分自身と精神的に半径数メール以内の近しいひとたちだ。

2023年の夏のライヴでこの曲のプロトタイプを初披露したところ、ありがたいことに音源化希望のリクエストを何人かのかたからいただいた。こんなに個人的なことを書いた曲を喜んでくれるひとがいるのか、と不思議に思うと同時に、非常に個人的なことは普遍的でもある、というのは本当なんだなと思っていた。

この「オー・エス!」も「mission」も「グッバイ・クルエル・ワールド」も、今のEMIと私にできうることはすべてやった。反省はあるが後悔はない。現時点での我々の最高到達点である。今後はそれをさらに高く遠くへと更新していくことだろう。もしもよければ今後もそれにお付き合いいただければ本当にうれしい。そして最後までこのひたすら冗長な独白にお付き合いいただいたことに感謝。もしもこの曲たちのどれかを、少しでも気に入っていただけたらもうなにも言うことはない。ではまたいつかどこかでお会いできることを願って。


All you need is Love (& Peace).

伊藤毅/SUTEMI

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05:Credit

SUTEMI are

EMI:Vocals
伊藤毅:All Instruments

except track03 「オー・エス!」 backup Vocals EMI & Ai

Recorded, Mixed & Mastered by 伊藤毅
Art direction & Handwritten title by EMI

Produced by SUTEMI

Thank you all.